アナログ回路で磁気浮上
動画1.磁気浮上実験の様子(PCBWayの案件ではありませんのでご安心ください←一度言ってみたかった!!)
最近、オーディオサークルでスピーカー用のフローティングフットの研究をしている人がいたので、それならいっそのことスピーカーを宙に浮かせたらウケるかも!!と考えて、その実験をしてみた。
当初、重さ約2kgのAuratone 5Cを宙に浮かせてデモをしたらウケるだろうなあ……
と安易な妄想をし、磁気浮上の実験を開始したのだが、現在のところ浮上に成功したのは磁石込みで14.4gの精密ドライバーを約5mm浮かせるにとどまった。Auratoneを浮かすには修行が足らない(^-^;
話の発端となったスピーカー用のフローティングフットとは、オーディオ用のスピーカーボックスを台に設置する際の足の部分を、細いワイヤーでスピーカーボックス重量を吊して支える構造にして、スピーカーボックスと台が相互に振動を伝えないようにする仕掛けである。たとえばこんな感じのもの。
オーディオ再生でスピーカーは重要な位置を占めるが、スピーカーの設置方法もまた重要で、たとえばスピーカーの台に対してスピーカーがぴったり置けていないと、ビリビリと振動による鳴きが聞こえてしまったりして、こんなのは論外だ。スピーカーボックスそのものがまったく振動しないように作れれば理想だが、それは難しいので、せめてスピーカーボックスの振動が、設置している台に伝わらないようにしたい。そうすると台を剛体にして、そこにたとえばナットとビー玉や、ベーゴマをひっくり返したものを足に使って、3点支持にするということはよく行なわれる。3点支持で支点は決まるので少なくとも鳴きは発生しないが、台へ振動が伝わるので、これを嫌って足の下に防振ゲルを挟んだりする場合もある。上で紹介したフローティングフットは、細いワイヤーで支持することで、振動を極力伝えないようにするものだ。
さて、それならば、スピーカーボックスを完全に空中に浮かせてしまえばいいんじゃね??
ということになるのだが、じつはそのような製品はすでにある(写真1)。
写真1.宙に浮くスピーカー
すでに製品があるということは技術的に可能だということだ。
それならば、どんなスピーカーでも浮かせることができるシステムが作れれば、スピーカー設置に関する悩みがひとつ解決するだろう。
磁気浮上の製作記事は、ネット検索するといくつも出てくるが、多くはマイコンを使って電磁石をON/OFF制御するやりかただ。
オーディオに使うことを考えると、パルスノイズを発生するものはあまり使いたくないので、今回はアナログ回路で検討することにした。
遠い昔、ぼくが光磁気ディスク装置の開発部隊に配属された頃、光ディスクに対して光ピックアップのレンズを追従させるサーボ技術を学んだ。
光ディスク装置は、光ピックアップからレーザー光を照射し、ディスクに反射して帰ってきた光を光検出器で受けて信号を読み込む。その際に、まずレーザー光のパワーを一定に保つALPC、スピンドルモーターを狙った回転数で回転させるスピンドルサーボ、回転してブレるディスク盤面にピントを合わせて追従するフォーカスサーボ、ディスクのトラックの真ん中を追従するトラッキングサーボ、任意のディスクの位置に光ピックアップを運ぶラジアルサーボなど、光ディスク装置はサーボ(自動制御)のかたまりだ。
これらは高々2次遅れ系(ばねと粘性減衰)のサーボで、周波数応答法で設計されていた。つまり、想定される外乱の影響を、信号読み込みに必要な偏差まで抑えるために、オープンループゲインがいくら必要か検討し、また、その際にゲインのゼロ点で位相が180度回ると発振するので、これを回避するため最適な位相進み遅れ補償を施すなどして、最適設計を行うものだ。
今回作ろうとしている磁気浮上は、距離の2乗に反比例して磁力が働くので、伝達関数は分母がs^3となる3次遅れ系になることが想像できる。そういえば、最近あちこちで見かける倒立振子も3次遅れ系だったような……
3次遅れ系自動制御の設計は経験がないので、どういうやり方があるのか調べてみると、どうやらPID制御が最近の流行らしい。
PID制御は、とにかく目標値とセンサ値の誤差と、その積分と微分を適当にミックスして帰還制御すれば、だいたい動くんじゃね??という、わりとお気楽な自動制御法らしい。
なるほどと思い、Aliexpressで入手したDC12Vで吸着力8kgの電磁石、ダイソーで買ったネオジウムマグネット、秋月で入手したホール素子HG-166A-2Uとオペアンプとトランジスタその他を使って作ってみた。
回路図はこちら。
ダウンロード - magnefloat_sch.pdf
一見複雑そうに見えるが、オペアンプU2A,U2Bで構成している積分回路、オペアンプU2C,U2Dで構成している微分回路は、はっきりした効果が見いだせず、無くても動作するし、目標値設定のバッファのU3Aも省いてしまえば、残りのオペアンプはU1の4回路だけなので、4回路入りのオペアンプなら1個で作ることができる。
駆動段は単電源で構成したかったのでNPNとPNPのパワートランジスタを2組使ってBTLとした。今回使ったトランジスタは部品箱に入っていたテキトーなもので、コンプリメンタリペアではなく他人同士だ。ICが5Aもあれば十分で、テキトーな組み合わせでOKだ。
使用した電磁石を図1に、ホール素子装着の様子を図2に示す。
図2.ホール素子装着
表面実装のホール素子を1.6mmの基板に実装し、基板を介して両面テープで電磁石コアに貼付け。
ホール素子実装面は、浮上対象物の接触によるショートを防止するため、セロテープでシールド。
実際に物体を磁気浮上する様子は上の動画1に示したとおりで、このときの条件は次のとおり。
・浮上しているマグネットとドライバの総重量は14.4g
・浮上距離はおよそ5mm
・駆動電流は80~90mA(12V)
PID制御をするため、エラー信号に、その積分と微分のそれぞれをmixして電磁石を駆動するが、実際にやってみると微分も積分もない、いわばP制御が可能で、積分信号を追加してもとくに安定するでもなく、微分信号を追加すると発振気味になるようで、逆効果だった。微分回路有り無しのエラー信号の様子を図3、図4に示す。
図3.エラー信号のみでの浮上時のホール素子出力(30kHzで振動)
図4.エラー信号に微分をmixした場合のホール素子出力(6.5kHzで振動)
以上のように、今回の実験では積分信号、微分信号ともにはっきりした効果は見られず、
エラー信号のみでも浮上動作が可能という結果だった。
積分信号と微分信号を帰還することの意味は、積分は低域ゲインを増加させて定常特性(保持力)を確保し、
位置信号の微分は速度帰還となることから、ダンパー(粘性抵抗)と等価な防振効果が期待できる。
上述の光ディスク装置開発の仕事をしていた当時、リニアモーターを任意の速度で動かす駆動装置を作るという仕事があって、
駆動速度が高速になるほど、止めるのが難しくなる。たとえば矩形波状の速度プロファイルに沿って動かそうとすると、
高速運動から急に止めようとしても、びよよよよーんと振動してしまい、きれいに止まってくれない。
そういう場合は速度帰還をかければよい、と技術書に書いてあったので、位置信号を微分して帰還してみた。ためしに駆動信号を与えずに微分信号の帰還だけをした状態で、リニアモーターを手で動かしてみると、まるで濃厚なオイルダンパーを付けたような、ネトーっとした抵抗が加わっていた。速度帰還をかけるというのはこういうことだったのか!!と身をもって体験できたのだった……
今回は積分も微分も効果を見いだせなかったし、エラー信号は振動していて、自動制御としては不完全のように思える。
高次の伝達関数の自動制御についてまだまだ研究の余地がありそうだ。
【参考サイト】
・こんとろラボ
自動制御の基礎から学べます。
・ロバスト制御入門
このプレゼン資料に、磁気浮上の伝達関数が説明されています。
・半日で作る磁気浮遊オブジェ
PICマイコンで磁気浮上を実現しています。ソースコードもあります。
・知恵の楽しい実験
Arduinoマイコンで磁気浮上を実現しています。ソースコードあり。
最近のコメント