無帰還電流駆動ヘッドホンアンプの製作
【追記】
このアンプは基板を開発して頒布しています。詳細はこちら。
今年の夏はまだそれほどの暑さではないですね。そうはいってもカンカンに発熱するA級アンプは夏には不向きで、ぼくもお気に入りの無帰還電流駆動アンプを使うのをあきらめて、デジタルアンプで音楽を聴いていました。デジタルアンプもまあ、わるくないのですが、なんとなく音楽に身が入りません。そこで無帰還電流駆動ヘッドホンアンプを作ってみました。今回はその製作記事です。
(なお8/3のプレイリストはこの記事の前の記事です。)
今回製作したヘッドホンアンプは、以前このブログで発表した無帰還電流駆動アンプとまったく同じ原理で、ヘッドホン用に動作規模を縮小したものです。図1に回路を示します。
図1.ヘッドホンアンプ回路図
入力回路はゼロバイアスの2SK117です。今回は電源電圧が±4.8Vと低いためGRランク品を使用してドレインの直列抵抗を省きましたのでスッキリしました。2段目のダイオード接続のQ7,Q8は、以前のパワーアンプではアイドリング電流の熱暴走を抑えるために終段のデバイスと熱結合していましたが、今回は熱結合は不要です。よって基板上に配置します。今回熱結合をする箇所はカレントミラーのQ3とQ4、Q5とQ6の2カ所です。これもヒートシンクなどは必要ないので、それぞれのトランジスタ同士をグリスを塗ってネジ止めまたは接着し、基板上に配置します。
ペア取りはJ1とJ2、J3とJ4、Q1とQ2、Q4とQ6です。FETはIdssを、TRはHFEをそろえてください。
この回路では終段のアイドリング電流を60mA狙いで設計しています。もし大きくずれるようでしたらR7,R8を増減して調整します。(アイドリングはVR1によってオフセットを0に調整した状態で確認します。)
出力のR10は出力オープン時に出力が暴れるのを軽減する目的でつけています。ただオープン時に出力が暴れてもとくに問題はないので省いてもかまいません。
次に電源および保護回路を図2に示します。
図2.電源と保護回路
今回のアンプは1.2Vニッカド電池を±各4本使用して±4.8V電源としました。ニッカドはあるイベントでいただいてきた800AR(写真1)というものを使用しています。この電池は単三電池よりやや大きめでホルダーがないため、半田付けで組込とし、ACアダプタによって充電できるように充電回路をつけました。
写真1.ニッカド電池800AR
【充電回路】
この電池は800mAhなので、0.1Cで16時間とすると80mAで16時間の充電が基本です。定電流回路を使えばこの仕様通りの充電ができますし、たとえば800mAで1.6時間の急速充電などということもできます。しかしながら定電流充電では満充電を超えて充電した場合に発熱や、過充電による電池の劣化ということが起こりやすいので、タイマーやΔV検出などといった工夫が必要で、回路が複雑になります。
最も簡単なのは抵抗で擬似的に定電流回路を組むやり方で、たとえばこの直列で9.6Vの電池を24Vの電源で充電したい場合は、24-9.6=14.4Vを80mAで消費する抵抗14.4/80=180Ωを直列に入れればほぼ一定の80mAで充電することができます。ただ、この方法でも過充電の可能性が払拭できないことと、充電時間を短縮するために電流を上げるとさらに過充電リスクが高まります。
そこで今回は満充電電圧ぎりぎりの12Vのアダプターを使って、制限抵抗をつけて、充電開始時は300mA超の電流を流し、すぐに充電電流が低下していき6-7時間で満充電、その後は40mA以下でトリクル充電状態になるようにしました。トランジスタQ6は充電電流をモニタし、満充電時にはLED1を消灯します。満充電で消灯するようにした理由は後で説明します。
エネループなど、ほかの充電電池を使用する場合は充電回路の定数を変更する必要があります。自力で定数決めをする自信のない方は、電池を交換式にして充電は専用の充電器でおこなってください。交換式にしておけば、普通の乾電池でも使用できます。
【保護回路】
今回のミューティング&保護回路も前回の電流アンプと同じく出力短絡型です。つまり、ミュート時にリレーがOFFになり出力をGNDに短絡します。
パワーアンプの多くの典型的な直流保護回路はトランジスタのVbeを利用しておよそ0.6~0.7Vの直流電圧が検出されると動作するように設計されています。8Ωで0.65Vとするとおよそ50mWです。通常のスピーカーで50mWというとかなり余裕がありますが、ヘッドホンでは微妙な値です。そこで、インターネットでヘッドホンの最大入力を調べたところ、16Ωで最大10mWというものが見つかりました。おそらくもっとも繊細なものでこの程度でしょう。直流ということもあるし、余裕を見て8Ω5mWでプロテクトがかかるようにするとすれば、E^2/8=0.005なので、E=0.2V、つまり0.2Vでプロテクトがかかればいいわけです。ただトランジスタのVbeは下げられませんから、従来の方法に対してなにか工夫が必要です。オペアンプやコンパレータを使えば簡単にできそうですが、回路規模が大きくなるのでめんどうです。
そこで今回ぼくが考え出したのはショットキーダイオードを使って基準電圧に下駄を履かせる方法です。D1~D4によってVbeに下駄を履かせて、直流検出電圧を実測で約±0.15Vにすることができました。やったね\(^o^)/
それから今回のアンプでは電源電圧が±4.8Vと低いため、ミューティング用のリレーを動作させる電圧を高く取りたいことと、±の電池を等しく消費したいということから、リレー回路の電源を±から取れるように工夫しました。
もう一つ工夫した点があります。今回も前回と同じく出力短絡タイプの保護&ミューティング回路ですが、電源OFF時に出力がミュート(短絡)される前にアンプの電源が低下してアンバランスになると大きなポップノイズがでます。それを解消するため、アンプ回路の電源ラインに1000μFのOSコンをつけて、リレーが完全にOFFになってアンプ出力が短絡されるまで時間を稼ぎます。リレーは瞬時に遮断できるように1000μFからダイオードD7、D8で隔離して電源を供給しています(±Vp)。
【シャーシ組み込み】
今回は電池組み込みなのでケースは大きめにしないといけません。なにかいいケースはないかとあちこち探して歩いたのですが、どうも気に入るものがありませんでした。夜になると我が研究室にも蚊が出るのでキンチョーの渦巻きを取り出して火をつけようとしたそのとき、はっ!と思いました。
写真2.キンチョーの夏
写真3.充電時
写真2は使用時、写真3は充電時です。
充電は夜寝る前に開始すると朝には完了し、赤色LEDは消灯します。これは夜火をつけた香取線香が朝には消えているということを模した作りになっています。
写真4.組み込みの様子
写真4に組み込みの様子を示します。
基板はL字金具でふたに固定しています。電池は重量バランスが偏らないように±を2カ所にわけて配置しています。電池は底を段ボール紙で絶縁し、底と側面を両面テープでシャーシに固定して、配線端子はホットボンドでモールドしました。
シャーシのアースは電池の±中点から基板固定のL字金具に接続します。
写真5.基板の様子
写真5に基板を示します。
この1枚にアンプ両チャンネルと保護回路、充電回路がすべて実装されています。
基板の左右端から信号が入り、基板中央に出力がくるようにしています。こうすることで左右共通の保護回路と電源用のコンデンサ出力を中央に効率よく配置できます。
写真6.パネル
写真6はパネル面です。中央に電源トグルスイッチ、上方に充電用ACアダプタジャックと充電LEDが配置されています。左に入力ピンジャック、右にヘッドホンジャック、中央下側に入力ボリュームを配置しました。
【調整方法】
組み上がったらまず入力にショートプラグ、出力に30Ω前後のダミー負荷を接続し、VR1をセンターにします。R4に電圧計をつなぎ、電源を入れてアイドリング電流をチェックします。アイドリングは60mAを狙っていますので、R4両端の電圧が200mV前後になっていればOKです。次に出力のダミー抵抗両端の電圧をモニタし、出力が0mVになるようにVR1を調整します。1時間ほど追って調整すればOKです。
アイドリングは50~70mAになっていれば問題はないと思いますが、かけ離れている場合は回路が間違っていないか確認し、調整の必要がある場合はR7,R8を30~47Ω程度の間で替えてみてください。
【特性】
図3に33Ω負荷の歪率雑音特性、図4に100Ω負荷の歪率雑音特性を示します。左右がそれぞれLRチャンネルです。
図4.歪率雑音特性@100Ω
左右でおおむねそろっていて、ボトムで0.03%程度となっています。無帰還アンプとしてはまあまあのレベルではないでしょうか。
図5に100kHz矩形波の出力波形を示します。左が33Ω負荷、右が100Ω負荷です。
図5.100kHz矩形波出力(33Ω、100Ω)
今回は補正なしでピークもなくきれいな特性になりました。
-0,-3dBの周波数特性は800kHz(33Ω)、500kHz(100Ω)でした。
出力オフセットの実測値を表1に示します。
表1.出力オフセット(30Ω負荷、L/R)
オフセットは通電直後で-11mV、そこから徐々に調整値に収束していき1.5mVで安定状態となりました。ドライヤーによる強制加熱では最大28mV、電池切れ時のダウン直前に24mVを観察しました。このことから2倍のマージンを見て最大でも50mVには収まるのではないかと考えています。
仕様のまとめを表2に示します。
表2.無帰還電流ヘッドホンアンプ仕様
出力インピーダンスは、33Ω負荷時と1kΩ負荷時の信号振幅の連立によって算出しました。
【本機の音】
ヘッドホン3機種によって試聴しました。
①HDJ-1500(Pioneer、32Ω)
②MDR-A60(SONY、16Ω)
③ER-4S(Etymotic、100Ω)
①HDJ-1500(Pioneer、32Ω)
全帯域にわたってメリハリのきいたクリアな音で鳴りました。
インピーダンス特性を図6に示します。
図6.HDJ-1500インピーダンス特性
90Hz、750Hz、4kHzにピークがあり、高域では徐々にインピーダンスが上昇しています。
90Hzのピークがやや大きいですが、全体としては電流駆動に対してバランスがいいと思います。
②MDR-A60(SONY、16Ω)
このヘッドホンはバーチカル型といって耳に直角に入るめずらしいタイプです。非常に軽量で、HDJ-1500のような圧迫感がないにもかかわらず、外観からは想像できないような重低音が感じられます。全体としても解像度の高いとてもいい音で鳴りました。
インピーダンス特性を図7に示します。
図7.MDR-60Aインピーダンス特性
212Hz一カ所に大きなピークがあるため、低音が強調される傾向が強いようです。
③ER-4S(Etymotic、100Ω)
これはカナル型として高評価のイヤホンです。
このアンプでは、高域が強調されてガチャガチャした印象の音になってしまいました。電流アンプとの相性はあまりよくないようです。
インピーダンス特性を図8に示します。
図8.ER-4Sインピーダンス特性
2.59kHzのピークと5kHz以上の高域の上昇が大きく、聴いた印象と一致しています。
【その他】
・電池の終了電圧は+側が2.8V、-側が1.84Vでした。このことから電池は±3本ずつの計6本でも可能です。
そういうわけで、発熱が少なく環境にも優しいこのアンプで音楽を楽しんでいます。しばらくアンプのことは忘れて音楽を楽しみたいと思います(^-^)
このアンプは基板を開発して頒布しています。詳細はこちら。
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