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2013年4月10日 (水)

圧縮音楽の罪

「音楽のネット配信が不振なんだってね。とてもいいことだ。CDまたはそれ以上のクオリティーを有する音楽メディアが見直されてもう一度音楽を聴く心地よさが思い出されればきっと音楽業界は息を吹き返すと思う。」

とフェイスブックでつぶやいたら、思いのほか多くの「いいね!」の反響をいただいた。

このブログでもDJ講座の中で音楽には圧縮音源は使わないことをおすすめし、私個人としては、一切の圧縮音源を排除することを宣言しているが、今回は圧縮音源の罪についてまとめておきたいと思う。

圧縮音源の代表的存在であるMP3とは、MPEG-1/2 Audio Layer-3の略であり、もともとはビデオ圧縮規格の音声部分である。
この圧縮規格の開発が始まったのは1990年前後。
私がはじめて入手したパソコンは1995年のFMVで、ハードディスクは500MB、OSはwindows3.1。
(正確には1980年頃に買ってもらったMZ-80K2が最初だが、これは考えないことにする)

音楽CD1枚のデータ容量が650MBであることを考えると、パソコンにCD1枚を丸ごと取り込むなどとうてい不可能であった。
それからwindows95,windows98を経て時は2000年。
このころになるとパソコンのハードディスクは標準で10~20GB程度まで増大したが、それでもCDを非圧縮で取り込もうとすれば20枚がいいところで、そもそも音楽をパソコンに取り込むという発想そのものがあまりなかったと思う。

そんなある日、「午後のこ~だ」という、フリーのMP3エンコーダソフトがリリースされ、音声ファイルの容量を1/10以下に圧縮できるというので実験してみた記憶がある。
この時の感想は、

音質的に「音楽には使えない」。

英語教材に使うには便利かもしれないが、これで音楽を聴く気にはなれなかったので、一度実験をしただけでほとんど興味を失ってしまった。


そもそもファイルの圧縮技術というのは次の2つに大別される。

・可逆圧縮

・非可逆圧縮

可逆圧縮はlzhやzipに代表される圧縮方法で、これは解凍すれば完全にもとのデータが復元される。


一方非可逆圧縮は書いて字の如しで、2度と元のデータには戻せない。

ごく簡単に原理を説明してみよう。

たとえば次のような文字列があったとする。

愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛

これを

愛が30個

と表現すると、文字数が30文字から5文字に圧縮された。しかも完全に復元可能だ。
これは可逆圧縮である。


では次のようにしたらどうか。

①文字を一個おきに間引く
愛 愛 愛 愛 愛 愛 愛 愛 愛 愛 愛 愛 愛 愛 愛

②詰める
愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛

これで30文字が15文字に圧縮された。

これを戻すには、1文字ごとにスペースを挿入し、

愛 愛 愛 愛 愛 愛 愛 愛 愛 愛 愛 愛 愛 愛 愛

つまり、無条件に間引いて詰めることで文字数は半分に圧縮されたが、もとの大きさに戻すと愛は半分になってしまった。
空白部分は失われてしまったのでもとに戻すことはできない。こんなにスカスカな愛はいやだ。

これがMP3などに代表される非可逆圧縮である。
この例では圧縮率50%つまり情報の半分を捨てていることになるが、実際のMP3では良くて約20%、標準で10%程度であるから、愛の90%は捨ててしまっている。
10%の愛なんて悲しすぎやしないか?

とまあ、ごくごく大雑把に説明するとこのような感じになる。
ただ、実際には間引いて空白になってしまったところは推測で埋めるなどの工夫が施されていて(これをデータ補間という)、音楽圧縮では90%を捨てているにもかかわらずさほど違和感がないように仕上げている。
まるで結婚詐欺だ。
この、”工夫”の部分がどんどん巧妙化して、いかにしてデータ容量を減らしたうえで聴覚上の違和感を減らしていくか、というのがこれまでの非可逆圧縮技術の歩みであった。
ただし、繰り返しになるが、いくら工夫しようともこれは見せかけであって失われたデータは2度と取り戻すことはできない。


それでも、


「聴覚上問題がなければそれでいいのではないか?」


という議論がネット上でゴマンと展開されている。


それではたとえばこんな思考実験はどうだろう。

ある料理があるとする。「肉野菜炒め」でも、なんでもいい。
技術の進歩で、栄養がまるで無いのに味や食感はほとんどそっくりというものができたらどうか。
これだけを食べ続けたら重大な結果になることは想像できるだろう。(ダイエットにはいいかもしれないが)
そもそも食事の目的は、「味覚を満たす」ことではなく、「栄養を摂取する」ことだ。
味覚を満たすのは付随的なことであって目的ではないのだ。


音楽を聴く目的が何だったかをよく考えれば、同じことが言える。
音楽を聴く目的は、「音楽によって表現された情報を摂取する」ことであって、単に「聴覚を満たす」ことではなかったはずだ。
そう考えれば、「聴覚上問題がないように感じる」からそれでいいということではないということがご理解いただけるのではないだろうか。


つまり、提供する側の利益や利便のために、情報が大幅に削除された圧縮音源によって音楽を提供することは、栄養のない食事を提供することと似て、かなり悪質な行為である。
知らず知らずのうちに音楽を聴く楽しみが薄れていき、そのうちに音楽やダンスに対する興味までもが失われていってしまう。

これはあくまでも自論だが、イベントにおいて圧縮音源を使い続けることによって、まず客層が変化し、次にお客さんが徐々に減り、
ついにはお店なりイベントなりが衰退、または消滅するのではないか。

(去年終了した某一流ホテルのイベントとかね。)
もちろんイベントや店がダメになる原因はそれだけではないが、要因としてはかなり大きいのではないかと思う。
ただ、悪影響の出かたがゆるやかで時間がかかるため、わかりにくいのだ。


そして長い目で見れば圧縮音源を提供する側もさらには音楽業界も大損しているということになる。


ここで私が悪であると主張する圧縮音源は、代表的なところではMP3、AAC、MP4、WMAなど。
推奨する非圧縮フォーマットはCDと同等かそれ以上のWAV、AIFFなどがある。


もしこの記事を読んで賛同していただけるなら、まずはMP3で音楽を聴くことをやめることお勧めします。
CD(または同等以上の音質)(注)で聴けば、音楽を聴く喜びが10倍に増えることをお約束します。


(注)MP3をCD-Rに焼いても音質は戻りません。ここでは市販の生CDか、それを非圧縮でリッピングしたデータ(WAV)再生を示しています。

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